5.1 文化の進化抜きにはヒトの進化は語れない
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ピーター・リチャーソン(Peter J. Richerson)
環境生態学者、文化進化学者
主な興味は文化進化
主たる研究目標は、ヒトの文化の進化や、動物の社会学習、遺伝子と文化の共進化のモデルを確立し、発展させること
最近発表した論文の多くは、理論モデルを人間進化における重要な出来事に応用することにある
例えば、ヒトの高次模倣能力の進化や、言語の起源、部族や大規模な社会的協力行動の起源、農業の起源など
彼が主導する文化進化研究室は主にミクロ社会の文化進化研究を行っている
力を注いでいるのは、ヒトの社会学習戦略の詳細を解明することや、実験室内でミクロ社会を作り上げ、個体の意思決定からミクロ的進化までの様々な現象が発生する過程を再現すること
例えば、公共財ゲームなどの実験経済学的手法を用いて、協力行動と制度の進化の間の関係を調べることも含まれている
最近では文化進化の応用について興味から、企業管理およびその他の中型組織における「部族社会での直感」と「回避策」という二つの仮説の応用についての研究
部族社会の生活に適応するために、ヒトの社会心理的直感と文化制度は共進化した
その結果として、ヒトの社会システムの原材料としての部族社会での直感が得られた
ビジネスの組織およびその他の中規模の社会システムは部族と相似点がある
前者はより複雑な社会制度
様々な社会生活に適応するために生まれた心理的適応戦略を含む
組織管理行為に合理的な解釈を与えることができる科学的理論を構築することを目標としている
例えば、ダイナミックに進化し続ける企業において、人々がいかに強力粉魚津などを発展させるかなどの課題が挙げられる
イントロダクション
文化の操作的定義
「文化とは、個体の行動に影響を与え得る情報のうち、教育や模倣、あるいは他の形の社会的伝達を通じて、同種他個体から獲得されるものである」
この定義によると、文化は、動物界に普遍的に見られる
ラットの社会的伝達システムは、Galef (1988)やその共同研究者たちとの一連の論文で詳細に分析された
アンドリュー・ホワイテン、マイケル・トマセロと彼らの共同研究者たちは、比較心理学の枠組みを用いて、類人猿とヒトの社会的伝達を研究した(White, McGuigan, Marshall-Pescini, & Hopper, 2009; Herrman, Call, Hernandez-Lloreda, Hare, & Tomasello, 2007)
チンパンジーは他の動物よりもうまく社会的学習を行うが、ヒトはさらにうまい社会的学習を行えることを示した
ヒトの子どもたちは強迫的な模倣者
ヒトが社会的伝達によって身につけることができる情報量は、他のどんな種をもはるかにしのぐもの
それゆえ、ヒトは、連続的な革新を積み重ねることで複雑な文化的適応を築き上げることができ、ついには生物学的な適応に匹敵するほどの精巧さと多様性を持った構造と行動を進化させた
例えば、1万1千年ほど前に、野生の植物を収穫していた狩猟採集民たちは、単純な方法で目的の植物の成長を促す実験を始めた(Richerson, Boyd, & Bettinger, 2001)
数千年以上をかけてこの実験は、栽培植物と家畜動物を基本とする、多種多様な人工農業生態系を作り出すこととなった
地球上のほとんどの気候や土壌にそれぞれ適応した農業生態系が進化し、熱帯雨林の貧栄養土壌根菜主体の系から、北極圏周辺のトナカイ放牧まで、世界中に広がっている
農業に適した場所では、農業は高密度の定住生活を促し、緻密に最適化された農業技術や複雑な社会システムにつながった
ヒトは、社会的学習と文化的適応に高度に特化した、私たちが知る唯一の種
この能力は、熱帯の巨大湖で何百もの新しい種に急速に分岐した魚たちにも似た、文化的適応の放散をもたらした
文化はまぎれもなく多様である
20世紀前半の文化人類学者は、世界中の民族を大きなサンプルとして自然な状況で観察を行うことに基づく学問分野を確率させた
民族学的資料は、より複雑な社会の過去を大まかに体現している、単純な社会に重きを置いている
文化人類学者たちは、言語や社会的慣習、宗教、血縁関係、芸術、実用的な技術における膨大な多様性を見つけた
単純な社会での多様性は、より複雑な社会での多様性と同様に大きいものだった
このことは、人間社会の段階的進化・進歩を前提とする単純な理論に疑問を投げかけるものだった
20世紀後半の学者たち、特に認知心理学に傾倒していた人たちは、このような多様性の多くが比較的表面的なものであり、問題となっている現象の大部分は生得的な認知メカニズムに還元でき、文化的な説明はほとんど必要ないと考えた
ノーム・チョムスキーの言語学についてのアイディアは、先駆者世代の進化心理学者たちにひらめきを与えた(Pinker, 1994; Tooby & Cosmides, 1992)
チョムスキーの言語に関する「原理とパラメータ」モデルは、文化の多様性は言語の表層レベルにあり、有限の生得的原理と、その原理ごとにある、少数の文化的パラメータの値によって説明できると論じた
同様に、ジョン・トゥービーとレダ・コスミデスも、文化人類学者によって記述された文化の多様性の多くは見かけだけのものであり、遺伝的基盤を持つ普遍的な認知法則が社会的に伝達された情報とは独立に、異なる環境で異なる行動を生んでいるのだと指摘した
一方、これとは対照的に、20世紀の生物人類学者は、しばしば、ヒトの集団間に見られる遺伝的多様性を強調していた(Rushton, 2000)
ここ20年、多くの証拠から、20世紀の文化人類学者が見出した文化的多様性は確かに重要だと認識されるようになった(Henrich, Heine, & Norenzayan, 2010)
多くの言語学者は、言語の膨大な文化的多様性を、いくつかの生得的原理と原理ごとのパラメータの値によって節約的に説明することは不可能だと考えるようになった(Evans & Levinson, 2009)
チョムスキー自身も、生得的な統語構造の影響は最小限であるとする立場に転向した(Hauser, Chomsky, & Fitch, 2002)
人間行動に見られる集団間での違いのかなりの部分は、遺伝でhなく文化に由来すると考えられる(Bell, Richerson, & McElreath, 2009)
近年、非常に興味深い遺伝的多様性の発見が相次いでいる(Hawks, Wang, Cochran, Harpending, & Woyzis, 2007)が、この多様性の多くは、以下で論じる「遺伝子と文化の共進化」の産物だと思われる
集団レベルの文化の性質はきわめて重要である
多くの進化心理学の仮説は、淘汰・認知能力・社会的適応が直接つながっていることを想定する
これに対して、文化進化的説明は通常、集団レベルの文化の性質に基づく
正確な模倣や教育という心理的プロセスは、遺伝子と多くの共通点を持つ継承システムを形成する
淘汰をはじめとする進化を推進する力が遺伝子に働きかけるのとほぼ同じように、それらは文化的多様性にも働きかけ、長い時間をかけて、複雑な技能や概念、態度、そして知覚まで、私たちが生まれつき持っている単純な前駆体から作り上げる
例えば、スタニスラス・ドゥアンヌ(Dahaene, 2009)は、間違いなく文化進化の産物である読字能力が、能の物体認識システムを利用していることを示している
また、スーザン・ケアリー(Carey, 2009)は、子どもたちが少数の核となる認知概念をもとに、文化という足場を利用し、自力で複雑な概念を獲得することを示した
文化進化には、集団レベルで働くいくつかのプロセスが含まれている(Richerson & Boyd, 2005)
ランダムな力
文化的変異
記憶、行為、観察における個人レベルでのエラーで、文化に多様性をもたらす
文化的浮動
小さな集団において、統計的なサンプリング効果のために、ある文化的性質が増えたり減ったりする
文化進化を方向づける力――意思決定の力
導かれた変異
経験を積んだ人は、しばしば、伝統的なアイディアや技能を改良するような、新たな変異を見つける
文化に持ち込まれる新たな変異は、完全にランダムではない
伝達バイアス
人はいつも受動的に伝統文化を受け入れるとは限らない
新たな変異について、直接の経験や様々な意思決定の経験則に基づいて、彼ら自身の結論にたどり着くことがある
集合的な意思決定は、コミュニティが同意に基づいて新しいアイディアを採用する方法として重要だろう
自然淘汰
この力は、形式を問わず、継承される変異に対して作用する
ダーウィンが、古代の部族間に忠誠心や互助性の差があったならば、これらの性質に優れる部族のほうが成功しただろうと論じたことはよく知られている
文化的多様性は、遺伝子と同様に、自然淘汰の影響を受けやすい
文化の変化は、これらのプロセスが協調してもたらす、最終的な結果
自然淘汰それ自体が、複雑な適応を生み出す集団レベルのプロセスだが、その作用は比較的遅い
遺伝子の進化において個体の意思決定の力は、配偶者選択など限定的な場面でしか働かない
意思決定の力は、文化進化においてより重要
それでも、文化進化のプロセスによって複雑な社会やそれを支える複雑な技術を作り出すには、何千年もの時と、そして無数の人々が必要だった
累積的文化は、なぜヒト属で、かつ最近、進化したのか
ヒトの文化の起源は、進化学において最も重要な疑問の一つ
主要な基礎的な適応の多く(例えば、精巧な眼や骨格)は、何億年も前に生まれたもの
基礎的な文化は動物の世界に広く存在しているので、もし複雑な文化が決定的かつ汎用性のある利益を生むのであれば、多くの種の適応の構成要素となっているはず
しかし、実際には複雑な文化はヒトに限られている
また、巨大な脳は非常にコストのかかる器官(Aiello & Wheeler, 1995)
もし巨大でコストのかかる脳がヒト規模の文化を獲得し維持するのに必要だとしたら、きわめて特異な環境が巨大な脳の進化を促したのではないかと推測できる
地球の気候は、新生代を通じて寒冷化し、乾燥化し、そしてより変わりやすくなり、劇的な変動は更新世に頂点を迎えた
哺乳類の平均的な脳の大きさもまた新生代を通じて増加している(Jerison, 1973)
現代の高い解析力を持つ氷床コアの研究は、古気候と古生態系についての精度の高い推測値を提供しており、この研究によって、急激かつ振れ幅の大きい環境の変動――これは理論上、文化進化システムを促す要因――が、新生代の最後の数十万年の間に増加したことが明らかにされている
この時代は、ちょうど私たちの祖先が大きな脳と精巧な文化を進化させた時代にあたる(Richerson, Boyd, & Betinger, 2009)
遺伝子と文化の共進化はおそらく最近のヒトの進化において優勢な現象であった
いくつかの古典的証拠や、新しく得られた数々の遺伝的証拠が、ヒトの遺伝子進化の多くが数千年前の農業の開始に伴って始まったことを示している
現在進行中の遺伝子進化は、現代社会の急激な変化に呼応しているようだ(Laland, Odling-Smee, & Myles, 2010; Richerson & Boyd, 2010)
もし文化進化が通常、遺伝子進化と比較して速いとすれば、私たちの進化史の長い間(少なくとも更新世の半ば以降)、文化進化は遺伝子と文化の共進化において遺伝子進化を先導する役割を果たしてきたと考えられる
遺伝子と文化の共進化仮説は、言語(Tomasello, 2008)や宗教(Atran & Henrich, 2010)、そして大規模な社会(Richerson, Boyd, & Henrich, 2003)の進化の道筋を説明する、傑出したアイディア
更新世の萌芽的文化が、結果として、より複雑な生得的心理的形質が有利になるような新たな環境を作り出し、それによって複雑な言語、宗教、社会システムが文化進化を通じて形成される余地が生まれた
もしこの仮説が正しいならば、100年の間、思想界を分断してきた、生まれか育ちかという二分法は捨てなければならない
文化、遺伝子、そして個人の経験は、遺伝子と文化の共進化というプロセスの中で完全に絡み合っている
チャールズ・ランスデンとエドワード・O・ウィルソン(1981)は、「遺伝子と文化の共進化プロセスとは、文化が遺伝子の鎖でつながれていることを意味する」と論じている
しかし、もし実際には文化のプロセスが遺伝子進化を促しているならば、遺伝子が一方的に共進化プロセスを制御しているという彼らの主張は、自明の理とは程遠い
結論
ヒトに固有の重要な適応とは、正確に模倣し、効率的に教育する能力
模倣や教育の成果が蓄積されたものが、文化
急激に変化する環境に適応し、さらに世界中の気候や生態系のほとんどに対応する複雑な適応を作り出すことができる
集団レベルの文化の性質を考慮せずにヒトの進化を理解しようとすることは、重力を考慮せずに惑星の動きを理解しようとするようなもの